癌になるまでにはには三つの原因がある

癌になるまでにはには三つの原因がある

 

医学の上で、ただ、言葉としての「癌」という病名があるり、西洋医学の中では、病の種類が百種類以上あると言われ、人々の間では、ただ、死亡率が高いということで、恐れられています

しかし、この「癌」という病名自体、昔はなかったし、様々な医療機器や健康器具が出てくるまでは、例え、癌という病名があったとしても、死ぬ人は限られていたのです

自然と人間ということを考えれば、人が「癌」になるまでには三つの原因があります

 

※食べた物の消化したカスが腐る「癌」

※人の心を悩ませる医療統計学が造る「癌」

※手術のミスや鍼灸の打つ鍼、また、健康器具などによって人間の細胞を破壊することで生じる「癌」

 

食べた物の消化したカスが腐る「癌」

 

例えば酷い便秘で、大腸の細胞までも腐っていしまい、腐った細胞が肺に転移してから、はじめて体調が悪くなったことに気付いて、医学では、その患者を検査して、異常分裂する細胞を部分的に見つけた時に、単にそれを「癌」と呼んでいます

眼の中に癌細胞があったり、内臓や子宮に癌があれば、眼科や内科、産婦人科など、あらゆるところで結果的にそれは判るとしても、
その人の体に、なぜ癌細胞が出来たのか、どうして癌細胞が繁殖したのか、誰も確信的なことは言えないし、結果だけで判断し、勝手な想像でものを言っている人が多いのです

人間はどこかの製造工場で、手や足を造って、どこかの店(病院)に並べる時に、手術台の上で一つにまとめたわけではありません

人間の臓腑は、単に、胸とかお腹にあるだけではなく、どの臓器も、すべて手足の筋肉と関連性を持っており、しかも、顔にある目鼻や口や耳も、決して部品ではなく、すべて、臓器と繋がりがあり流れがあるのです

つまり、人間の体は、部品と部品の組み合わせではないのです

その関連性のある全細胞、全筋肉に常に正常な血液の流れがあれば良いのですが、その流れがなくなった時、流れに従った筋肉のところどころが腐食してきます

 

自然界の川の流れも、どこにも何の障害もなく真っ直ぐに流れていれば、どこまでもキレイに流れます、しかし、入り江に木がつっかえて流れが滞ったり、川上から流れてきたゴミが引っかかって、そこに流れがなくなれば、詰まった場所の水は澱(よど)んで腐ります

ゴミが詰まれば腐る、人間の体も同じなのです

 

からだ全体の筋肉の細胞も、そこに決められた通りに血液が完全に回っているならば、腐ることはありません。もし、体のどこかに、しこっている所があったり、筋肉の中にある血管にゴミが詰まったままであれば、流れが止まるし、いずれ腐っていきます

これが癌なのです、その原因は食べ物なのか、何なのか、、、、

食べ物も、栄養のあるものほど、体にとって毒な人もあれば、いい人もいます

人間が食べた物、飲んだものは、どんなものでも、口に入って胃の中で二時間もたてば消化され、必要な栄養分は肝臓に行きます
また、必要でないものは、肛門、尿道を通って排出されます

そして、肝臓の中の血液にある、赤血球、白血球、血小板、、、、、。
栄養分は、そのうちの血小板にのって、頭のてっぺんから、脚のつま先まで体内を回ります

しかし、血液の循環が悪く、回らない人に、どんなに栄養のあるものを食べさせても、何の役にも立たないのです

流れないのだから無駄なのです

血液の循環の悪い人が、栄養のある食べ物を、食べれば食べるほど、食害が出てくるのです

その、血液の循環の悪い人は、ほとんど栄養も回らないから、そのカスが胃に残るか、大腸に残るか、どこかに残れば、必ずそこで腐って溜まり、そこの細胞は腐食していきます

だから栄養のある物ほど血流の悪い人の体にとって毒になるのです

例えば、草を食べて、もし便秘をしたとしても、出てきた便はそれほど臭くはない。ところが、肉や魚とか、栄養分のある食べ物ほど食べてから幾日も便秘をすれば、非常に臭いです
(肉や魚を食べないで、野菜を食べることが良いと言っているわけではありません)

幾日も水を入れたまま放っておいたバケツは、その腐った水を撒いても、バケツの中は洗わない限りぬるぬるしています

同じように、便秘症の体の中もそうなっているのです

だから、三回食べれば三回トイレに行き、体にとっていらない食毒を全て出せるような健康な体になれればよいのです

そうなれば、キレイにお腹のものはなくなり、余分なカスを全て出せれば、どんなことも起きません

それは、癌に限らず、全ての病気がそうなのです

 

人の心を悩ませる統計医学が造る「癌」

 

病院では、病院へ来た患者が、ただ、「首が重い」とか、「どうもご飯がおいしくない」「どうも体調が変だ」と言うと、とにかく検査をします

あるいは集団検診や人間ドックの検査の中で、レントゲンを撮ってみます
しかも、統計的なデータだけを基に、すべて、結果的、部分的なものの見方で判断をします

例えば、全ての細胞をレントゲンに写し、胸の、ある一部に、黒く斑点が写ったとします

従って再検査が必要だから、もう一度病院に来てください」と言われます

すると、そう言われた時から、「どうしてまた再検査なのか」と心は悩むのです

今まで、癌になった人も、すぐに「癌だ」とはいわれなかったはずです
誰もが、一回の検査で「この部分にこういう影があった」と」言われたときに再検査が必要となり、その本人を動かす心が、「癌だ」と思い込むのです

「元気だよ」と言っていた人がある日、急に具合が悪くなり、入院させられ、患者としてベッドに寝てしまった時から病人になってしまうのです

もし、「癌だ」ということになってくると、もっと悩みます、そして、心の容器である肉体は病んでくるのです

すると、からだ全体の65%の筋肉、その筋肉の中を2周半も回るほど長い血管に、常に、24秒間に1回転の速さで回っている血液も「そうかなぁ、、」と、悩んだ時から回らなくなってくるのです

 

ではなぜ、レントゲン検査で、その1部分に黒く斑点があったでしょうか?

人間の体の細胞、全筋肉にあるとても長い血管に流れる血液は、常に肝臓から心臓に行き、心臓はものすごい速さで、1日に、およそドラム缶40本もの量の血液を全身に回しています

しかも、全てに回る順序があり、また、回る路線があり、そこには血液と一緒に「氣」も回っている。これを「氣血」といいます

もし、この「氣」と「血」が回らなくなってくれば、筋肉は動かなくなるし、血液の流れの悪い細胞は、その、回る順序に沿って、冷たく、滞ってきます、または、腐ってきます

要するに、そこがレントゲン検査などで黒く写るのです
しかし、ハッキリと「癌細胞である」とは判りません

ただ「疑わしい」と言うだけです

何故なら、どんな優れた機械であっても、筋肉の細胞を実際に目で見ることはできないからです

コンピューターの画面の中にだけ筋肉を断層的に写し出す、CTスキャン、MRⅠ、PETなど、医療技術の発展によって様々な機械が発明され、使われています

そして、医学では「人体にほとんど影響はなく安全である」と言ってはいるだが、本当にそうなのでしょうか?

この心を悩ませる医学ということで、代表的なものに「乳癌」があります

「乳がんの恐れがある」といわれて胸を切る手術をした女性は大勢いますが、本当に乳がんで死んだという人が何人いるのでしょうか?

検査した時に「黒い影でしかなかった」ということは、たとえば顔などの見える部分にオデキができたとか、表面にできたものはよくわかりますが

しかし、体の中に出たものは誰もわかりません、

例えば、鼠蹊部リンパの「しこり」を見つけたという少し気の利いた医者がいて
しかし、現代医学では、なぜそこに「しこり」ができたのかは考えず、その部分を手術してしまいます

その足の付け根の部分には、上半身と下半身を繋ぐ太い静脈と動脈がある事を知っていながら、コバルト照射で細胞を破壊したりしてしまうのです

そのあと、その人の体が、特に下半身がどうなるのかは考ません

「乳がん」という疑いがもたれた人にしても、それは、人間の臓腑の内、腑である胃と関係していて、乳首から指一本下に、大体の人が「しこり」があります

男性にも女性にも、どの人にも全て、その「しこり」ができる場所が決まっています

これは、人間の体に、決められた順序の流れ(氣血の流れ)があるからで

それが、いわゆる鍼灸学上でいう経絡線上の「氣血」の流れ【足の陽明胃経】というものです

 

では、どうしてそこに「しこり」ができたのでしょうか?

人間の大事な臓器のうち臓は胸にあり、腑の部分は腹筋に囲まれ、誰もが、腎臓だけを腰に背負っています
そしてすべて手足と密接な関わりを持ち網の目のような気の流れ、血液流れの中に、一か所でも流れがなくなればその部分は必ずしこってくるのです

例えば、ヘソとみぞおちの中間の辺りが硬くなってくると、誰もが冷たくなります。そこに血液が流れないから、細胞が詰まってきて「しこり」ができるのです

例えば、傷があった部分が治ってくるときに皮が寄ってきます、そしてそこが痛くなる、それは、血液が流れていかないので、硬くなり、そこに細胞が寄ってくるのです

その胃の辺りの筋肉も同じように細胞が硬くなってしまっています

つまり、他の細胞にある血管まで引っ張ってきたという事で、そういった人は、今、大勢いるのです

しかし、それだけのことで、まだ喀血したわけでもないし、胃は、それほど苦しくもない、だから、その部分の冷たくしこっている筋肉を本当に気にする人は少ないです

それは、筋肉の表面であり絶対というほど、現代医学ではわからない場所だからなのです

例えば、「胃の辺りがちょっと苦しい、、、」と思い、病院へ行ってバリウムを飲んでレントゲンで撮ったり、胃カメラで写してみても、胃は悪くないといわれます

しかし、「悪くない」と言われながら、胃の薬をもらって帰ってきます
しかし良くならない、

それは、みぞおちとヘソの中間の筋肉が硬く冷えていて、「しこり」が出てきているために胃が苦しくなるという簡単な事でなのです

そこにどうすれば気と血液が流れるのか、考えればいいのです

足が「痛い」「冷たい」と思う人も、簡単に「痛い」「冷え症だ」と言っていますが、肩が張って苦しい人も、単に肩が張るのではなく、腰が痛い人も「腰が痛い」という事だけではないのです

要するに、どの病気もどの症状も、筋肉の中に流れる氣血の滞りなのです

 

しかし、現代医学の中には、なぜ、そこに、「しこり」があるのか、なぜ、この細胞が腐ったのかはわからりません

しこった部分だけを診て「癌の恐れがある」とか、「心配だから切っておきましょう」「すぐに手術しなさい」という単純な発想の医者が多く「たった一回の検査でとても納得できない」「他の病院を回ってみる、、」といいう人はずいぶん多いはずです

今、もし、癌の疑いがもたれていても、誰もがそのことを早くわかっていれば、初めから必要として創られている肉体、このどこの部分も切らずに済むし、遺族が苦しむこともありません

要するに、統計に頼る医学でも、結果だけに対処する手遅れの医療でもなく、もし癌だとすれば、人間が自然の産物であり、筋肉に血液の流れがある限り、そうなる前に必ず原因があるのです

例えば「癌」に対して、医学で言う「転移」という言葉にしても、どこにどのように、なぜ転移したのか

例えば今、胃の辺りを触ってみると、成人の人であればほとんどの人に「しこり」があると思います

要するに、そこの筋肉が硬くて冷たいのです

「冷たい」ということは、単に「冷え症」というものではなく、血液が流れにくくなったということであり、冷たくなれば、いずれ腐ります

つまり、流れの滞った部分の細胞が、時間をかけて繁殖していくのです

それが「癌」なのです

例え腐った細胞であっても、生きている人間に血液の流れがある限り、癌細胞も生きています

2つから4つに別れるという、規則正しい細胞分裂ではなく、3つから9つと奇数に分裂します

 

同じように我々も、日時生活の中で、ある団体のルールから外れて行動した者のことを「あの人はガンだ」ということがあります

人間のからだ全体の筋肉の中には、網の目のように「氣」と「血」が流れる路線があります

その流れも大自然の法則によって完全に決められています

要するに、ある一定の決まりを破り、その決まりから外れたことが「癌」なのです

そしてこの流れがある限り、腐ったものは、どんどん体内を巡っていきます

これが転移です

 

また、発汗が少なく、いつもからだ全体の筋肉が冷えている人は、細胞が腐りやすいのです

しかし、このような場合でも、創られたとおりに正常に「氣」と「血」が回って治癒力が働き「寒」が「熱」に変わることで、必要以上の水分を発汗して邪気を瀉すか、または下痢をすれば、心配はありません
(サウナや運動で汗をかくことではない)

自然界に生かされている人間は、本来、初めからそのように創られているのです

そして、人間だけではなく、大自然の動きにしても、雨があり、風があり、寒い日もあれば、暑い日もある、この自然界は常にそうやって一つ一つの場所を管理しているのです

 

人間は、大自然の中の小自然であり、自然の産物です
そして、何度も言うように、人間の細胞は60兆もある、
それは、この地球上・自然界にある物の種類の数と同じなのです

その60兆もの細胞は、筋肉なのです
しかも、全てに流れがあり、頭のてっぺんから足のつま先まで、全ての筋肉に血液が回っていて、全ての細胞は連結されているのです

だから、氣血の流れが滞れば、筋肉は硬くもなれば冷たくもなる、そして腐った部分も決して一か所には止まってはいません

必ず気血の流れる路線を通って体内を回っていくし、血液が正常に循環していれば、必要でない物は体外に排泄されます

 

例えば、胃潰瘍という症状にしても、どうして胃の中に傷がついたのか、何のために傷がついたのか、潰瘍が胃の中に出ていれば、見えないから、下手に胃カメラを入れた時に、胃が傷つけられたという例も非常に多いですが

これが治って下痢をしたのか、喀血があったのか

人間の体には、自然治癒力というものがあります

 

また、どこか切り傷や擦り傷を負うと、皮の裏側から黄色い水が出てきます、これを津液と言います

この津液はすごい栄養分として、からだ全体を回っています

例えばよく、膝の関節に水がたまる人がいて、。そこに繋がる筋肉の血液の流れが滞ったために、その体を回っている津液が一か所に溜まったということです、しかし、それを抜くから膝が治らないのです

血液とは水分であり、また津液も水分の内です、そして、私たちが生かされている自然界の湿度と同じように、人間の体の全体の65%は水分なのです

だから私たちは常に、出血もするし、喀血もする、したとしても、ほとんどが治っていると思います

胃潰瘍であっても、何であっても、本来人間には、そういった治癒力というものが備わっています

例えば、今日、立ち上がれないほど腰が痛くて、布団に入って、寝た人が翌日は何の痛みもなく起きるかもしれません

それが治癒力です

本来、誰もがそのように創られています、だから出血していようと何だろうとそれほど心配はありません

例えばもし、鼻血が多量に出たとしても、その量の大半は津液なので、死ぬことはありません

特別な場合以外は、ちゃんと止まるように創られているのです

それをいちいち「出血した」「喀血した」とか見えない部分を気にして検査を始めるのがおかしいのです

人間の胃は、本来、五臓が要求して自分が食べたいと思った物であれば、何を食べても消化してしまいます

化学や医学と言う学問が、どんなに発達しようと、人間の体は、そんなものより、もっと精巧にできているのです
例え、世界の製薬会社を一か所に集め、動かしても、胃液一つ作れません

私たち人間は、既に、食べ物を見た時から消化活動が始まり、その瞬間から、口の中に唾液を分泌してきます

物が口の中に入れば、それがどんな形であろうと、口はかむ作業をします
そして、かみ終わった終わらないは別として、すんなり食道を通って胃に入っていってしまいます

入っていくのと同時に、肝臓はすぐに、消化作業に必要な分だけ血液を送り、血液が回って行くから、胆のうは胆汁を分泌し、胃は一生懸命に動いて消化します

ところが最近では思うように消化作業をしない人もいます

また、口の中に入れた物がゴクリと喉に入っていく人もいれば、喉につかえるように入っていく人もいるのです

それを苦しいと言わないだけで、こういった人たちは大勢います
特に女性に多いのです

その人は「喉の辺りが痛い」と思ったかもしれません、そうすれば薄い血管は、目には見えない部分で切れるし、裂ける、そして翌日、もし、ゴホンと咳をしたら、淡(たん)に血が混ざっていることもありまあう

それを、「何だ!?」と考えている人も大勢います

物を食べた時に傷がついたかもしれない、しかし、相当量の出血をしたとしても、そんなに怖くない、人間の体はそうできています

そんなことをいちいち恐れていたら一生のうち六年間は生理であると言われる女性は、月に何日か、かなりの量の血液を出しています

ある一定の年齢に達した女性であれば常にそういう風に出しています
男だったらひっくり返ってしまうかもしれません

 

どんな時にでも、人間の体には治癒力と言うものがあり、回復させる力を持っていますその治癒力を養う体の手入れが当店の導引です

例え、体内で腐食した一か所だけの、細胞が、レントゲンなどで黒く見えたとしても、本来、その流れが正常であれば、目に見えない部分で、少しづつ、必要な物と必要でない物を正確に分け必要以上のものを、いづれ体外に排泄する、その為に、方々に血液が流れていき、必ず体表へ出てくるものがあります

それを「臓表」と言います

内臓の中で、血液を送る途中に駄目になった血管を体表に出せば良いのです

それを出さずに、いつまでも体の中に、入れておくから癌にもなるのです

いらないモノを出せば良いのです

それは、人間の知識にしても同じです

必要以上の教育を受けた人は、つまらないことを悶々(もんもん)と考えているから、頭がスッキリせず、いつも「頭が重い」と言っていて

 

必要以上の知識が、常に自分の生命を圧迫しています

今、生きるための必要な知識だけがあればいいのです

例えば、一生懸命に勉強したり、何かの本で読んだこと、他人が言ったことを全部並べ教えて、自分自身からは何も出てこない、こういう知識の塊の人がいます

生きるために必要な知識がちゃんと頭にあるのに、余計な知識が邪魔をして、自分の知識を出せさないくなっているのです

人は、何か事を成し遂げるために、絶え間ない努力をしています

今まではその生き方が通ってきたかもしれない、自分たちで作った必要以上の知識、化学や経済、その常識にとらわれ、それでも破壊することを真剣になって考えています

※手術のミスや鍼灸の打つ鍼、また、健康器具などによって人間の細胞を破壊することで生じ「癌」

 

過去に、農林省に中で問題となった東北のチェーンソウによる公害
木を切る機械、または、草刈り機、あれを背負っている間に、どんどん細胞が動いてしまい、その機械の振動により、細胞と細胞を連結している細胞核が切り離されてしまい

そして「白ろう症」(バイブレーションシンドローム)という病名が出てきたのです

これらは、仕事の効率を上がるということで、通産省で何十万台と売れ発明された当時はかなり普及されたが今は公害認定されている
郵便局でオートバイ乗車による郵便配達の障害も同じです

家庭用テレビにしても、パソコンの画面にしても、その前に立てば、必ず、人体に入ってくるものがあるのです

何でもない人もいるかもしれないが、目には見えない部分で、例えばX線などによって、細胞が刺激されて、細胞と細胞が離れるかもしれません

このことを知れば、人間のからだ全体の筋肉に、規則正しい血液の流れがある限り、どの健康器具も、どの薬も、使い方があることがわかると思います

だが、現代人はどうしても、結果だけしか考えられず、悪くなった場所をいじることしかできないのです

またそれが常識となっています

プラズマ、遠赤外線セラミック、電気磁気治療器、マッサージ機と、高額な物から手軽に買える豆磁石を利用したものなど、いわゆる健康器具といった物が数えきれないほど販売され、一般の家庭にもそういった器具があるかもしれません

それが押し入れの中にしまってある人はまだしも、その健康器具を完全に使いこなし、健康になったという人が、果たして、何人いるのでしょうか?

厚生省が認可して打っている薬は全て、食前、もしくは食後に飲めと書いてある。
ところが健康器具には、そんな「断り」はありませんでした

痛ければ痛いところに、肩でも腰でも、どこでも何でもいい、駄目になっている筋肉の細胞に構わずガシャガシャと掛けていますが

必要以上に細胞を動かせば、絶対に細胞と細胞は離れる、もしその時、細胞の中に入っている血管が切れればその部分は必ず腐ります

その時、切れた血管が細胞の中に残り、あるとき、レントゲンで撮ってみると黒く見えるかもしれません

また、必要以上に筋肉を揉みほぐすマッサージ法やアンマ器、など、肩こりや腰痛が、一時的に楽になったような気もするが、毛細血管が切れ、その部分の筋肉がさらに、硬く、痛くなってくる場合があります

例えば、どの魚も焼いてみると全部、通常、その細胞はきちっとそろっているが、魚が生きているうちに、ぎゅっと握って、それを煮れば、煮た表面だけはきれいだが、中身はぐずぐずに崩れています

漁の時に踏まれた魚も、焼いてみると、踏まれて傷ついた細胞が腐っているから、決してきれいに身がはがれてきません

傷ついた細胞の血液が出てしまったから黒くなっています、大根でもきゅうりでも、針を指せばそこに傷がつく、それは、人間の体も同じなのです

それらの、体内に残っているダメになった細胞、カス、を常に体の外に出してしまわなければ、かならず腐食していぎす

そして癌ということになるのです

現在、腰痛や肩こり、関節痛に悩んでいるとしても

そのダメになった部分の細胞には絶対に手をかけてはいけないのです

それは、枯れた田んぼを掻き回すようなもので、血液の循環が悪く、硬く、冷えている筋肉を無理に動かせば、今以上にその部分はダメになるのです

このことは、健康器具に限らず、特に整形外科の牽引。

そして、無理なリハビリなど、例えば、肘や腰の障害を部分的に考え、必要以上に治療した結果、その部分の細胞を破壊してしまったために、選手生命を失ったプロのスポーツ選手が大勢いるように

そのダメになった細胞に繋がる筋肉に、正常に血液が流れてこなければ、悪くなった細胞は絶対に生き返らないのです

60兆もあるからだ全体の細胞の中に、地球を二周半も回るほど長い血管があり、しかも、24秒間に1回転と言う速さで回っている血液の流れ本来、滞っている場所は絶対にないはずであるそれが人間なのです

だが、どこか滞らせれば必ず腐る

集団検診の時にレントゲンを撮って見つけた癌
その原因はなんだったのか?
どうして癌になったのか?
何でそうなったのか?

それは食べ物でったのか
医者が注射した針の後なのか
何かの手術の時の傷なのか
無理に細胞を動かしてしまった健康器具や器械の後遺症なのか

指圧、マッサージ師が強く揉みほぐし、押したために細胞が壊され、そこで切れた血管が腐ったのか

鍼灸師が打った鍼が細胞を壊し血管から血液が出たのか、出なかったのか。それが体の外に出てこなくて癌になったのか、、、

身体が丈夫な人、健康な人は、決して、健康食品は食べないし、健康器具は使いません

そんなものには頼らないし、性格も明るいです

しかし、体の弱い人ほど健康食品を食べるし、健康器具を使っています

結局は、自分たちで造った奇病や難病に苦しみ、寿命が来るまでは、変形しながらヨタヨタと生きて行くことになるのです

人間は人間でありながら、どこまで自分を分かっているのか、また、今後、自然界が大きく変化する中で、人間の肉体と心はどう変化していくのか

この自然界の変化に人間はどこまでついていくことが出来るのか

他人や親兄弟、自分も子供よりも、まず己なのです

今、一人一人、そのことに気付く必要なのです

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